被爆者の話を聞いて 今私たちができること

被爆者の話を聞いて 今私たちができること

1945年8月6日。この日は何の日でしょうか。

そう、広島に原子爆弾が投下された日です。

 

 

こんにちは、昨年度中四国地区代表を務めていました、広島大学4年の林美穂です。

 

広島で過ごす最後の8月6日。私は『Lingua franca』という広島の大学生チームが主催する、被爆された方のお話を聞いて、私たちの未来について考える『はちろくトーク』というイベントに参加しました。

企画してくれた広島の大学生チーム『Lingua franca』の皆さん

メンバーには広島大学支部創設者の奈緒さんや、元広島大学支部長のりおっしーも

 

 

 

 

“被爆者”の話を聞いて


今回記事を書いている理由は、被爆された方のお話を聞いて、みなさんと共有したいと思ったことがあったからです。

それは、STUDY FOR TWOの『勉強したいと願うすべての子どもたちが勉強できる世界に』という理念における、私たちが支援している途上国の『子どもたち』についてです。

まずは原爆が投下された時の様子から戦争の悲惨さを改めて感じてほしいと思います。続いて終戦後、子どもたちに強いられた現実と私たちの活動との結びつきについてお話しします。

 

 

 

原爆が投下された瞬間、何が起きたのか


お話ししていただいたのは岡田恵美子さん。

8歳の時、原爆ドームから約2km離れた広島駅付近のご自宅で被爆されました。

 

お話ししていただいた岡田恵美子さん

 

 

 

「ピカッと光が差し、次の瞬間母は全身にガラスの破片が刺さって血だらけになっていました。外に出ると隣近所の人も誰が誰だかわからなくなっていました。皆、顔がパンパンに腫れ上がり、腕の皮膚や肉がめくれて垂れ下がり、骨が見えていました。

『水をください。水をください。』

そう言いながら亡くなっていく人たちの横で、私は下痢と嘔吐が止まりませんでした。」

 

 

 

「通っていた学校に行くと校舎は火だるまになっていて、炎が私を襲ってきました。校舎の下敷きになって亡くなっていく友達の叫び声と夕日のように真っ赤な炎。今でも夕日を見る度にあの光景を思い出します。だから私は夕日が嫌いです。」

 

 

 

岡田さんは原爆投下時の様子についてとても辛そうに、そう語ってくださいました。

 

 

 

 

終戦後の子どもたち


終戦後、疎開先からやっとの思いで帰ってきた広島の子どもたち。

彼らの両親の多くは原爆によって亡くなっていました。当時広島には約6,000人もの原爆孤児がいたそうです。

その頃の広島は暴力団が横行していました。子どもたちは彼らに盗みや殺しを強いられました。そうすることで食べ物をもらえたからです。そうしないと生きていけなかったからです。

 

 

「戦時中は食べ物が無く、学校では校庭のカボチャや芋の手入ればかりしていて、まともに読み書きを教わらなかった。だからまともな仕事ができず、盗みや殺しをして生きていくしかなかった。」

終戦直後の広島市

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1432442719

 

 

 

岡田さんの子どもたちへの思い


岡田さんは原爆の恐ろしさと平和を伝えるために世界中で講演をしています。

インドを訪問した際に出会った子どもたちのことがずっと忘れられないそうです。

 

 

 

「インドで軍事パレードを見ました。華やかな隊服に身を包んだ軍隊が行進し、ミサイルが誇らしげに運ばれていく横で、ゴミの中に顔を突っ込んで必死に食べ物を探す子どもたちがいました。彼女たちは学校にも行けず、日々を生きていくのに必死なのです。」

 

インドの首都ダッカのストリートチルドレン(http://www.huffingtonpost.jp/kanta-hara/streat-children_b_9233316.html)

 

そしてお話の中で岡田さんは何度も同じことをおっしゃいました。

 

 

「戦争で犠牲になるのはいつも子ども。子どもは地球の宝です。だから未来を担う皆さんにお願いしたい。

子どもたちに普通の幸せな生活を送らせてあげてほしい。普通に食べるものがあって、勉強できる生活を。」

 

 

 

 

「子どもたち」のために私たちができること


私は実際に支援先へ行ったことがありません。だから支援先の実態を聞いたことしかありません。途上国の子どもたちをどこか遠くのこととして考えていました。

 

 

しかし、72年前には勉強したくても勉強できない子どもたちが日本にごまんといたのです。そう考えると勉強したくてもできない子どもたちがいるという現実がグッと身近に思えてきませんか。

 

 

 

岡田さんのお話を聞いて、STUDY FOR TWOの理念である「勉強したいと願うすべての子どもたちが勉強できる世界」を実現することの重要性と、私たちの活動がその世界の実現に貢献できる、そして少しでも大きく貢献しなければならないという責任を感じました。

 

 

 

今、途上国の子どもたちが強いられている現実は人ごとじゃない。

 

 

そして私たちにはこの現実を変える力がある。

 

 

現代のインドの子どもたち

http://now.ohah.net/maha/village.shtml

戦後の日本の子どもたち

http://fundo.jp/94085

 

 

 

戦後72年目の今年、勉強したくてもできない子どもたちがたった72年前の日本にたくさんいたこと、

そして同様の現実を強いられている子どもたちが現在でも世界にたくさんいることについて再認識し、

私たちの活動の意義・重要性・責任について再考する必要があると感じました。

 

 

STUDY FOR TWO広島大学支部

林美穂

 

 

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